Manifesto
いつかを、
いつにする。
ある日、頭の中にこんなリストが溜まっていることに気づいた。
- オーロラを見る
- 熊野古道を歩く
- 富士山に登る
- 海外に半年以上住む
- 本を出版する
どれも昔から「いつかやりたい」と思っていたことだった。仕事は前に進んでいる。お金も少しずつ貯まっている。それなのに、この "いつかリスト" だけは、何年経っても 1 つも減っていない。
そして気づいた。"いつか" には期限がある。
Die with Zero との出会い
Bill Perkins の『DIE WITH ZERO』を読んでから、自分の中での "お金と時間" の優先順位が大きく変わった。
「ゼロで死ね」というのは、お金を使い切れという話ではない。お金の本当の価値は、それを体験に変えたときに生まれる。そして体験には、それを楽しむための 健康 と 時間 が必要だ。お金だけ残っていても、健康と時間が尽きていたら、その通帳の数字は何の意味もない。
20 代でしかできないこと、60 代から始めたいこと。体力・気力・人間関係——それぞれが年齢によって変わる。Perkins はこれを「タイムバケット」と呼んだ。10 年ずつのバケットに、自分の人生を区切って考える。
「リスト」のメタファーには、時間がない
本を読み終えてから、世の中のバケットリストアプリを試した。
そして気づいた。どれも「リスト」だった。順番もない。いつやるかも書かれていない。ただ「やりたいこと」が並んでいるだけ。だから 1 年たっても 10 年たっても、リストは 1 ミリも進まない。
体験には、それに 適した年齢帯 がある。バックパッカーの放浪は 30 代までが体に楽だ。親との旅行は、親が動けるうちにしかできない。子供と過ごす時間には、小学生の数年というピークがある。これら全部が「リスト」というメタファーで 1 列に並べられている時点で、本質が見えなくなっている。
ライフバケットは、年代帯をデータ構造そのものに焼き込んだ。リストではなくバケット。バケットには「30 代」「40 代」というラベルがついていて、その年代に何年残っているかが常に表示される。残りが少ないバケットから、自然に目が動く。
これから作りたいこと
ひとり用のアプリとしては、ここまでで一つの完成形だと思っている。
ただ、自分自身が使っていて気づいたことがある。他人の "いつかリスト" を見ることは、自分の選択肢を広げる。「そんな体験があったのか」「同じ 30 代の人がそれをやっていたのか」と知ることで、自分のバケットに新しい項目が増える。これは比較ではない。触発だ。
だから将来、ライフバケットには共有の仕組みを足したいと思っている。ただし、
- フォローではなく、年代帯のタイムライン
- 「いいね」ではなく、「自分のバケットに保存」が主アクション
- 達成自慢ではなく、達成記録 (Memory Dividend) の静かな共有
という設計で。思想に合わない機能は、絶対に入れない。
最後に
"いつか" を "いつ" にできるのは、誰でもなく自分自身だ。アプリは、その "いつ" を考えるための小さな道具にすぎない。
それでも、頭の中にだけ溜まっていた「やりたいこと」が、年代帯のバケットに整理されて、残り時間と一緒に目の前に並ぶ——それを見たときに、何か一つでも今年やっておこうと思えたら、このアプリを作った意味がある。
人生は短い。だから後で、ではなく今、やる。
良かったら、使ってみてください。